世間解  第371号  平成 31年1月  念仏もうさるべし


 新しい年を迎えました。平成31年。みなさま方にはご本願のおはたらきの中お念仏ご相続のことと思います。昨年中は大変お世話になりまして誠にありがとうございました。縁の中では何がやってくるか分からない日暮らしでありますが、本年も何卒よろしくお願い申しあげます。

 昨年の大晦日にはたくさんの方が鐘をつきに来てくださいました。響いた鐘の音が203回だったそうであります。そして100人を超える方がご本堂にお上がりくださり修正会のお勤めにお遇いくださいました。

 「お正信偈」さまのお勤めの間に、皆さまに阿弥陀さまの前までお進みいただきお焼香をしていただきました。小さな子たちがお父さんやお母さんをチラチラ見ながら見よう見まねでお焼香をする様子はほほえましくありがたい相でした。今年は長く頭をさげて礼拝をされてた方が多くおられたような気がいたしました。

“あかんがな”とお叱りをうけるかもしれませんが…、正直に申しあげますと「何か願い事をされているのかなぁ、去年は色んな事があったからなぁ…」などと思いながらお勤めをさせていただいておったのであります。

そんなこともあり、ご法話のお取り次ぎでは、
『皆さま、色々な思いを持ってお焼香をしてくださったことでしょう、何かを一生懸命願ってお焼香をしてくださった方もおられるかもしれません。
どうぞお焼香のその一瞬だけでなく、今年1年その願いを持ち続けていただきたいと思います。そしてその願いを持つ私を途切れることなく願い支え続けてくださっているおはたらきがあることを知っていただきたいと思います…。』というような事をお聞きいただいたのであります。

そしてこれはお取り次ぎでは申しあげることはなかったのですが、お勤めをさせていただき、
続いて若院・徳行の

  「…聖人(親鸞)一流の御勧化のおもむきは、信心をもつて本とせられ     候ふ。そのゆゑは、もろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、  不可思議の願力として、仏のかたより往生は治定せしめたまふ。…」

という‘聖人一流章’の『御文章』をお聞かせいただいて、改めて
“ただ、それだけのことやねんなぁ”と味わわせていただいたのであります。

“我々は阿弥陀さまのご本願のお心をあれこれこねくり回しすぎと違うか”と思ったのであります。

蓮如上人は、

「親鸞聖人がお教えくださった阿弥陀さまの救いとは、ご本願のお心を‘素直にお聞かせいただく’ということが肝要である。それは阿弥陀さまの“必ず覚りの身にしてみせるぞ、お念仏を称えながら生きてこい”というご本願のお言葉をそのまま聞き受けるところに阿弥陀さまのご本願のおはたらきによって‘お浄土に生まれさせていただくんやなぁ’という安心が恵まれ“なんまんだぶ、なんまんだぶ…”というお念仏をご相続させていただく身にお育てをいただくのである。私が何かを理解してそのような身になるのではない。阿弥陀さまのご本願のおはたらきが私をそのようにお育てくださっているのである。私の“いのち”の意味と方向は阿弥陀さまのご本願によってハッキリと定められているのである。」
とおっしゃってくださるのであります。

私の“いのち”の意味と方向について、
〈ああだろうか…〉〈こうだろうか…〉〈こんないただき方でいいんだろうか…〉〈どうも得心がいかん…〉〈難しい…〉〈こんな事では…〉
というような私の心と相談するはからいは いらんのであります。

“必ず救う、お念仏を称え聞きながら生ききってこい”

という阿弥陀さまのご本願のお言葉と、おはたらきをこねくり回すことなく
‘なんまんだぶ、なんまんだぶ…’という私のお念仏の響きの中に味わわせていただきながら色んな事にあい、色んな思いを持ってゆかねばならない日暮らしを送らせていただくのであります。

“色んな事あるけど必ず支えてるからお念仏称え聞きながら生きてくるんやで”
‘なんまんだぶ、なんまんだぶ…’ただ、それだけなのであります。               
合 掌



世間解  第372号  平成 31年2月  念仏もうさるべし〜ご法事のこと〜

   
2月であります。今月の「月刊こなつちゃん」で坊守がご年忌の事を書いてくれています。あらためて見せてもらっていますと「あっ、こんな事があったんか…」「へえ〜、もうそんなにたつのか…」「確かにあったなぁ…」などと色々な感慨を覚えます。

先月、1月17日は阪神淡路大震災から丸24年の日でした。

今年は前坊守・星野親子の往生から丸6年、七回忌の年にあたります。あっという間のような気がいたします。阪神淡路大震災は二十五回忌の年となります。
 浄土真宗のご法事は縁や意味合いについてはあらためてお聞かせをいただきたいと思います。

 さて、ご法事のご縁ですが、丸6年で七回忌、24年で二十五回忌?と思われたことはないでしょうか。典型的なのはお別れをして丸2年で三回忌。
「まだ2年しかたってないのに何で三回忌なんやろ?」
「ご法事は1年前にするんですか…?」「数え年でですか…?」などなど色んなお声をお聞きいたします。

 今月はあらためて年回法要の数え方をお聞かせいただきたいと思います。

前坊守を例にとってお聞かせをいただきましょう。こういう事であります。
 皆さまにお世話になりました前坊守は行年(数え年)91才で臨終を迎えました。平成25年2月8日でありました。夕方近くだったでしょうか、それから後々の段取りをつけまして、9日にお通夜、10日にご葬儀、斎場からお骨になって寺に戻ってお勤め…、一応の葬儀式の形が済んで坊守や子どもたちと一息ついたのは午後7時頃だったでしょうか。2月の14日から1週間ごとに7日7日のお勤めで満中陰が済むと4月が目の前ということになっていました。

その後、「ああ、今日は8日か、ばあさんの命日やったなぁ」というような調子で毎日の日暮らしの中を過ごします。それでも秋から冬になりますと「一周忌やなぁ、ご親戚の皆さんにお知らせせんとなぁ」とご法事の準備に取りかかります。平成26年の2月が来て〈一周忌〉これは「1年たったなぁ、一周忌やなぁ」となんとなくイメージ出来ます。

で、それから春のお彼岸や、永代経さまや、お盆や、秋のお彼岸や、報恩講さまや…といいながら日を越して、大晦日、たくさんの方に鐘をつきに来ていただいてお正月。日々の暮らしにかまけて「いうてる間にばあさんのご法事やなぁ」ということになって三回忌であります。
実際は父の二十五回忌と一緒にお勤めをさせていただきましたので、2月ではなかったのですが、厳密には平成27年の2月8日が前坊守の三回忌であります。アッというまでありました、平成25年からは、まる2年しかたっていません。実際はご葬儀から満中陰で、ひと区切りということがありますので、感覚としては丸2年もありません。そこで〈三回忌〉それから丸6年で七回忌であります。

「何で?」ということになりますが、これはちゃんと理屈にかなっておるのであります。
〈何回忌〉ともうします。「忌」には‘かしこまる’という意味があるようですが、‘忌日とは先人の命日をいう’とあります。つまり‘ご命日’であります。前坊守の命日は平成25年の2月8日でありました。これが‘命日’つまり忌日であります。年に一度しかありません。1年たって2月8日が巡ってまいります。平成26年であります。

季節が一巡りいたしましたので、〈一周忌〉ともうしておりますが、‘命日’としては2回目であります。ですから〈一周忌〉は言い方を変えますと〈二回忌〉なのであります。で、次の年、平成27年は3回目の命日であるというので、時は2年しかたってないけど〈三回忌〉ということになるのであります。

 つまり
〈何回忌〉というのは〈何度目のご命日〉という意味であります

「わあ、もう七回忌か、はやいなぁ〜」と日暮らしに追われ日々に疎い私でありますが、私の日暮らしのどの一瞬をとっても阿弥陀さまのご本願のおはたらきは、阿弥陀さまと共にあるご往生くださった方々の願いとはたらきは途切れることなく私を支え続けてくださっておったのであります。

「そやからお念仏出来てんねんなぁ」ご法事は先立たれた方を偲ぶ自身の日の越し方を振り返るご法縁なのであります。               合 掌



世間解
  第373号  平成 31年3月  念仏もうさるべし
浅きは深きなり〜


弥生三月であります。だんだんと暖かくかってまいりまして季節が進んでいることことを感じる頃であります。皆さまにはご本願のおはたらきの中「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏ご相続のことと思います。

「又云、念佛はやうなきをもてなり。」

 これは法然聖人のお言葉であります。


またハッキリと確定は出来ませんが、
「浄土宗安心起行の事、義なきを義とし、様なきを様とす、浅きは深きなり」
というお言葉が法然聖人のお言葉として伝えられています。

先の「又云、念佛はやうなきをもてなり。」とあわせると法然聖人のおっしゃりそうなお言葉といえましょう。

 これはお念仏を称えるということがどういう事なのかをお教えくださるお言葉であります。

 
お念仏を称えさせていただくのだから“一回より十回の方がいいだろう…”“立って称えるより座って称えた方がいいだろう…”“今称えるより後で称えた方がいいだろう…”“ちゃんと意味を分かって称えなければいけないだろう…”
“ボンヤリ称えるようハッキリ称えた方がいいだろう…”“家で称えるよりお寺で称えた方がいいだろう…”
こんなふうに私たちは色々な事を思うものであります。


今、法然聖人が「様なきを様とす」とおっしゃってくださる。
これは〈お念仏をご相続させていただくについて特別な称え様はないんだよ〉とおっしゃるのであります。

つまり〈お念仏させていただく〉それだけなのであります。
どうしたらお念仏出来るようになりますか?とお尋ねいただくことがあります。

 
試しに、小さな声で結構です。次の一行をゆっくりと声に出して読んでみてください…、

なんまんだぶ。なんまんだぶ。なんまんだぶ。なんまんだぶ。


はい、もう四回お念仏をご相続くださいました。

お念仏はそれを称えてそこから引き替えに阿弥陀さまのおはたらきが来てくださるのではありません。

阿弥陀さまの「お前さんかならず覚りの身にしてみせるから、お念仏申しながら大切に生ききってくるんやで」というご本願のおはたらきが〈何時でも〉〈何処でも〉〈どんな状況や思いの私をも〉一瞬も途切れることなく包みきって支え続けてけてくださっている阿弥陀さまのご本願のおはたらきのあらわれなのであります。

私が“何時”“何処で”“どんな相で”“どんな思いの中で”「なんまんだぶ」とお念仏称えさせていただいても、また私の耳にお〈なもあみだぶつ〉が届いても、それは全部、阿弥陀さまの「お前さん必ず支えてるよ」というご本願のおはたらきのあらわれなのであります。

お念仏の称え方や、称え振りや、回数に一切の心配を付け足さない。
一声、一声のご自身のお念仏さまに一声、一声「ああ、支えてくださってんねんなぁ」とお聞かせをいただくのであります。

それが「様なきを様とす」〈お念仏の称え様には特別な称え様がないんだよ〉という法然聖人のおさとしであります。

そして、私の口から出てくださる「なもあみだぶつ」というお念仏は、私が称えているには違いない、そして、“私が称えるお念仏”とおもっている、その意味ではたいしたことのないものと思う「なもあみだぶつ」には阿弥陀さまの「お前を必ず覚りの身にしてみせる」という、〈深い深い尊いお心がこもってくださっているんだよ〉というのが
「浅きは深きなり」というお味わいなのでありましょう。       合 掌




世間解  第374号  平成 31年4月  念仏もうさるべし〜平成のおわりに〜

 四月であります。平成という元号の最後の月であります。

私は昭和三十六年の生まれで昭和が終わった時は二十八才でありました。それから三十年、平成が過ぎようとしています。

改めて振り返りますと、この『世間解』を綴り始めましたのが〈昭和六十一年の十月〉でした。
第一号の最初は、

 “本年も無事に報恩講を迎える事ができ大変有難く思います。ご承知のように 報恩講と申しますのは、「親鸞聖人の恩徳を報ずる」為に行う真宗の寺院に とっては一年の内で最も大切な行事で有ります。
 そこで、本号より、釈尊によって明かされ、インド、中国、日本の高僧方から 親鸞聖人に受け継がれた浄土真宗、更には仏教と言う教えについて色々なこ とを身近な所から皆様方とご一緒に考えて行ければと思い小紙を発行させて
 頂くことにしました。少しずつでも皆様方の聞法のお役に立てて頂ければ有り 難いことで有ると思います。
 そこで、まず始めに
 「浄土真宗の教章」について順に見て行きたいと思います。…”

と、こんな言葉から始めています。何とも堅い文章です…。

しかし、父も母もまだ元気でおりましたし、結婚をさせていただくちょうど一年前で、覚えていませんが…〈何かやろう〉と考えていたのだと思います。当初は三十部くらいをコピーして十三日の定例法要でお配りをしていました。しばらくしてから毎月のお参りでお配りをするようになりました。

一〜二年の間は表面だけで、今のように裏にご法座の案内等を刷ることはしていませんでした。また、タイトルも毎号大きな文字で書いていました。

今のように
〈念仏もうさるべし〉と掲げるようになったのは、平成二十年の一月、第二三九号からでした。これもすっかり忘れてしまっていますが、そのころから親鸞聖人が仰がれた阿弥陀さまの救いのおはたらきはこの〈念仏もうさるべし〉という一言にに摂まるんでないかと味わいだしたのだと思います。平成二十年というなにがしかの節目も〈今年からはずっとこのタイトルで行こう〉とする
キッカケになったのかもしれません。

私が称え、私に届いている「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」というお念仏がどういう意味を持ちどういう徳を私に与えてくださっているのか、

浄土真宗を聞くということはその一点に尽きるといって過言ではない。

“阿弥陀さまは〈なもあみだぶつ〉という言葉の響きとなって私を包んでくださっている”というお育てに遇わせていただいたんやなぁと今は味わっております。

六年前からは坊守さんが『月刊こなつちゃん』を通して日暮らしの中での思いや?(ハテナ)の中からお念仏に、ご法義にふれるご縁を作ってくれています。

若坊守の美緒ちゃんもコーナーを持ってくれることもありうれしいことです。

 「毎月、毎月こんなん書きはんの大変でしょ」とおっしゃっていただくことがあります。そんな時もありもしますが、しかしそのおかげで、改めて和上や先生方からお聞かせをいただいた事を思いだし、反芻し味わわせていただく尊いご縁になっていることは間違いないのであります。

 阿弥陀さまのご本願のおはたらきは、決して変わることなく私を願い続け、支え続け、育て続けてくださっておるのであります。そのおはたらきが私に「なんまんだぶ、なんまんだぶ」とお念仏をさせてくださっておるのであります。

そのおはたらきの中で、『世間解』も『月刊こなつちゃん』も続くことが出来ているのであります。

何かが分かってから、何かが出来てから…、お念仏をるのではありません。

 お念仏を一生懸命唱えて阿弥陀さまのお救いにあずかるのでもありません。

日暮らしの一声、一声のお念仏が“お前さん、必ず支えてんねんで”とおっしゃってくださっている阿弥陀さまがご往生くださった方々が私を支え続けてくださっている何よりの証しなのであります。念仏もうさるべしであります。 合 掌






世間解  第375号  令和 元年  5月 念仏もうさるべし〜変わることのない願い〜

 五月であります。木々の緑の美しい季節です。皆さまにはご本願のおはたらきの中「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏ご相続のことと存じます。
 何時も親鸞聖人が仰がれた阿弥陀さまのご本願のお念仏のことをお聞かせをいただいておるのであります。

 
“念仏”と聞くと今は「ああ、‘なもあみだぶつ’と称えることやな」というふうに多くの方がお考えくださると思います。

しかし、本来仏教においては
“念仏”の‘念’とは厳密には‘明記不忘’という意味で、〈明らかにハッキリと記憶して決して忘れない〉ということだそうであります。

‘仏’とは我々の場合は〈阿弥陀さま〉のことでありますから、本来のお念仏とは〈阿弥陀さまのお徳やお相をしっかりと念いながら‘なもあみだぶつ’と称える〉ということになるのであります。

 そこにはボーッと称えるのではなくしっかりと仏さまのことを念いながら、一回よりは十回、十回よりは百回、百回よりは…と称える心もちや、称える回数が大きな意味を持って考えられていました。お同行さま方は如何でしょうか?

自分のことはよく分かりますので、申しあげますが、

 ご本堂で阿弥陀さまの前に座らせていただき「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏をご相続させていただく。お同行さまのお家に寄せていただいて
お仏壇の阿弥陀さまの前で「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏をご相続させていただく。正直に申しあげますと、私自身「お前さん何時でも〈ああ、阿弥陀さま有り難いなぁ〉と阿弥陀さまのお徳を念いながらお念仏をご相続させていただいているか?」と聞かれたら「ハイ、そうです」はいえません。

朝のお勤めの時もお経さまをご拝読させていただきながら、心の中では
‘今日は、あそことあそこのお家に先ずお参りさせていただいて郵便局で切手買うて、そこからあのお家やな…などとお勤めさせていただきながら一日の段取りを考えながらいている…という事があったりします。

もしも、浄土真宗の“お念仏”が〈阿弥陀さまのお徳やお相をしっかりと念いながら‘なもあみだぶつ’と称える〉そうでなければならない!ということであれば完全に私は失格であります。

そういう形で考えられていた“お念仏”の意味を“阿弥陀さまのご本願の心”を中心として本当のお念仏の意味を明らかにしてくださったのが法然聖人でありました。

「お念仏は私がしっかり唱えてその引き替えに阿弥陀さまのお救いが来るのではない、阿弥陀さまがこれを称えながら生きてこい。必ず覚りの身にしてみせる」と阿弥陀さまの方から私に届いてくださっている尊い行である。とお示しくださり、それをハッキリと承けお教えくださったのが親鸞聖人でありました。


 阿弥陀さまのご本願は「お前さん、どんな事があっても必ず覚りの身になることが出来ると思ってたとえ十遍でもお念仏称える者を若し浄土に生まれさせることが出来なければ私は阿弥陀仏にはならない」というものでした。

そこには、“これだけの修行をして称えよ”とも“これを分かってから称えよ“とも”これだけの数を称えよ”ともおっしゃっておられないのであります。
“お念仏してくれよ”とおっしゃるのであります。本当にタダそれだけなのであります。阿弥陀さまの願いは私に“お念仏してくれよ”とはたらき続けてくださっておるのであります。


たとえ何が変わろうともこの阿弥陀さまの“願い”と“おはたらき”は決して変わることはないのであります。

 浄土真宗の“お念仏”は私がしっかりと阿弥陀さまやご往生くださった方のことを念い続けなければならないというものではありませんでした。
先立たれた方を念って大切に称えるお念仏も、そうでないお念仏も、阿弥陀さまやご往生くださった方々が途切れることなく私を思い続けてくださっているおはたらきのあらわれであったなぁと安心させていただくのであります。       合 掌




世間解  第376号  令和 元年  6月 念仏もうさるべし〜育ててくださる〜



 6月になりました。皆さまにはご本願のおはたらきの中「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏ご相続のことと思います。

 先月、法然聖人が見極めてくださり親鸞聖人が受け伝えてくださった、
“阿弥陀さまのご本願のお念仏の心”をお聞かせをいただいたのであります。

  しかればたれだれも、煩悩のうすくこきおもかへりみず、罪障のかろきおも  きおもさたせず、ただくちにて南無阿弥陀仏ととなえば、こえにつきて    決定往生のおもひをなすべし、決定心をすなわち深心となづく。その信心を具しぬれば、決定して往生する也。詮ずるところは、ただとにもかく  にも、念仏して往生すといふ事をうたがはぬを、深心とはなづけて候なり

  法然聖人のお言葉であります。

『どのような人であっても、欲や瞋恚の煩悩が激しいとか、それほど強くないとかいう事にとらわれて善し悪しを気にする。
また罪が深いとか浅いとかを問題としてこれで救われるとか、こんな事では救われない等と自分の心と相談をするのではなく。
唯、口に“なもあみだぶつ、なもあみだぶつ”とお念仏をご相続し、そこに聞こえてくださる“南無阿弥陀仏”の一声一声に“ああ、阿弥陀さまが途切れることなく私を願い続け支え続けてくださっているおはたらきのあらわれだなぁ”と安心をさせていただくのですよ。
この心を本当の信心というのです。この心をお育てくださっているおはたらきが私をお浄土に生まれさせてくださるおはたらきなのです。
私がいただいている阿弥陀さまのお救いのおはたらきは、“これで大丈夫だ”とか“こんな事ではどうしよう”などと自分の心と相談したり、自分の行いや思いを取り繕うのではなく“なもあみだぶつ、なもあみだぶつ…”とお念仏をご相続し“こうしてお念仏出来ているということが間違いなく阿弥陀さまの救いのはたらきの中に生かされていることなんだなぁ”と安心させていただく。これが本当の信心ということですよ。』

というお言葉であります。

 お念仏をご相続いただくことであります。浄土真宗の、親鸞聖人がお味わいくださり、お説き残しくださった阿弥陀さまのご本願の救いはその一言に尽きるのであります。

 「なもあみだぶつ」というお念仏さまは〈私の日暮らしがうまいこと行くための魔除けのおまじない〉でも〈何かよいことがやってくるというマヤカシの呪文〉でも〈タダの気なぐさみ〉でもありません。


阿弥陀さまの“お前さんどんな事があっても必ず覚りの身としてみせるぞ”という真実の智慧とお慈悲のこもった“阿弥陀さまのお徳とおはたらきのすべて”なのであります。

 昭和五十九年の五月頃であったと思います。梯實圓和上が行信教校に入学したての我々に
「まあ、色んな事をいう人があるだろうけど…」と前置きをされて「とにかくお念仏する事だな」とハッキリとおっしゃいました。

その時の私は
「色んな事をいう人」の意味が分かりませんでしたが、
お育てをいただいた今は
‘そんなお念仏は本当のお念仏ではない、自力のお念仏である’などという方のことを指しておられたことが分かります。

和上のお言葉をもう少し分かりやすく申しあげれば、
「まあ、‘そんな心でお念仏したって駄目だよ’とか言ってくる人があるかもしれないけど、そんな事気にせずにとにかく“なんまんだぶ、なんまんだぶ…”とお念仏させていただくことです。」というお言葉であります。
そしてそのあと梯和上は「君たちがご相続しているお念仏が君たちを育ててくださるんだ」とお教えくださったのであります。

 私が何時どんな処で、どんな思いで“なんまんだぶ”とお念仏を称えても、またお念仏さまが聞こえてくださってもそれはすべて阿弥陀さまのそしてご往生くださった方々の“必ず支えているよ”というおはたらきのあらわれだからでありましょう。私がご相続しているお念仏が私を支え。私の心を育ててくださる阿弥陀さまのお喚び声なのであります。               合 掌



世間解  第377号  令和 元年  7月 念仏もうさるべし〜ごちゃごちゃいわずに〜

 七月になりました。有縁皆さまにはご本願のおはたらきの中お念仏ご相続のことと存じます。いよいよ暑さに向かいます。熱中症予防のためこまめに水分を取るなどお身体くれぐれもお気をつけください。

 さて、関東では今月、関西では来月になると
お盆の行事が各地でお勤まりになります。仏教が大切に守り通してきたお仏事であります。

ここ数年この時期になると
山本攝叡先生にお聞きした、

〈盆は嬉しや 別れた人も 晴れてこの世に あいに来る〉

という山本仏骨和上が八月になると必ずご自坊の山門横の掲示板に書いて貼っておられたというお歌を思い出します。

 昨年もお盆の時期にお聞かせいただいたことですが、
浄土真宗では先立たれた方を“ご往生”くださった方とあおぎます。それは‘私が何かお弔いをさせていただく方’ではなくて‘阿弥陀さまと一緒に何時でも何処でも私を支え続けてくださっている方’といただくのであります。その通りなのですが、

その上で、
先立たれた方を何処までも何処までも懐かしく思い出す。

〈臨終の時はいくつやったなぁ…〉〈こんなん言うてたなぁ…〉〈あんなことしてたなぁ…〉〈あの食べもん好きやったなぁ…〉〈今おったら何歳やなぁ…〉先立たれた方を偲ぶ感慨はいくつもあります。

‘浄土真宗の教えはこうで’‘浄土真宗ではこんなことは言いません’‘浄土真宗ではこんなことやりません’とかそんなことゴチャゴチャ言わんで、「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」というお念仏とともに
〈盆は嬉しや 別れた人も 晴れてこの世に あいに来る〉
浄土真宗はこれでエエねんやろなとこの頃は思うのであります。

しかし、〈何でもかんでも私の思いのまま〉ということではありません。

 テレビなどでお仏事の話になると「最後は自分の心の持ちようですね」という言い方で納めてしまうことがありますが、
“私の心が一番手に負えないんだよ”ということを教えてくれるのが仏教であり、その教えに従って生きてゆこうとするのが仏教徒であります。阿弥陀さまの願いに遇い、阿弥陀さまの願いを聞いてゆく仏道としての浄土真宗であります。

 そこはやはりお念仏であります。五月の定例にご出講くださった
牧野法生先生のお父さまの「何もなくてもいいから最後はお念仏バイ」というお言葉は私の日暮らし、日の越し方の要をお教えくださっているお言葉でありましょう。コテコテと理屈を言うのではないのであります

 私が私の能力で理解した理屈の中で「浄土真宗はこうである!」などと気張る必要はないのであります。
“私のやることなすことぜ〜んぶ阿弥陀さまはお見通しで、その上で色んなことに遭い色んな思いを持ってゆかねばならない私を何時でも何処でも離れることなく願い支え続けておってくださる”そう安心させていただくだけであります。

そして〈阿弥陀さまのご照覧の下に日暮らしをさせていただく、そこに先立ってくださった、ご往生くださった方々の私を支え続けてくださっているおはたらきを味わってゆく〉それだけであります。

 お盆に“晴れてこの世に あいに来てくださる”方々と阿弥陀さまの願いは
“あなた、必ず支えているからお念仏申しながら大切に生ききってくれよ”というものであります。

その願いを聞かせていただく、その願いの通りにならせていただくのであります。
“お念仏申してくれよ”“ハイ”というのは聞いたことではありません。

“お念仏申してくれよ”“なんまんだぶ、なんまんだぶ…”これが、阿弥陀さまの、ご往生くださった方々の“願い”を聞き願いの通りに日暮らしさせていただいている相であります。

ほんまは何時でも一緒に居ってくださってんねんけど、“お盆の頃は改めて深く懐かしく先立たれた方々を偲ばせていただく”それでエエンでないですか。                            合掌





世間解  第378号  令和 元年  8月 念仏もうさるべし〜なにがどうかわっても〜



 ご本願のおはたらき中「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏をご相続の
ことと存じます。
八月であります。暑さの厳しい日が続くことと思います。
ここ数年、屋外よりも屋内で熱中症にかかる方が多いそうです。決して無理や我慢をせずに冷房をつけて水分を充分にとってお過ごしいただきたいと思います。
有縁みなさまにはお身体くれぐれもお大切になさってくださいませ。

さて、突然ですが「三十八」ありました。

「三十八」と聞かれて何か思われることはあるでしょうか?

いきなり何のこっちゃ?てなものでしょうが、
 実は
この三十八というのは親鸞聖人がお生まれになった承安三年からご
往生になられた弘長二年までの九十年のご生涯の間にあった元号の数です。

実際は源平の合戦の中で源頼朝方が別の元号を使うということがあったりしま
すので、同時に二つの元号が存在する時期があるのですが、それを入れて全部見
ますと、三十八数えることが出来ました。

ごく単純に計算すると二十九ヶ月に一度、おおよそ二年半に一度の割合で元号が
変わったことになります。

 当時はいろんな奇瑞があったり反対に大災害や飢饉、疫病、天変地異などがあ
ると今の元号をやめて新しい元号にすることによってそれを克服しようとしまし
た。逆にいえばとても困った時には‘元号を変えて加持祈祷をすることくらいし
か出来ることがなかった…’ということかも分かりません。

 そこには
「こういう元号に変えた、これで何とかしよう」とか、あるいは
「素晴らしいことがあった。元号も目出度いモノにした。もっと素晴らしいこと
があるように」というようになにがしかの“願い”がそここもっていたと考える
ことが出来ます。


 我々は折々に色々な“願い”を持ちます。それはその時の状況や自分の心の
ありかたによってコロコロと変わってゆきます。

 
梯實圓和上がある時、
 『…以前に八尾の方にお説教に寄せていただいたことがあって、駅から歩いて
ましたら道の端にお地蔵さんがあってね、そこに〈一願地蔵〉と書いてありまし
た。由来をよんでみると〈この地蔵はどんな願いでもただ一つだけ、ただ一つだ
けどんな願いでもかなえてくれる〉と書いてあるんです。それ読んでね、‘ただ
一つだけか…’ワシやったらどんな願いを持つやろなぁとおもて考えながら歩い
てましてん。しかし ろくな願いは出てきませんなぁ…』

とおっしゃっていたことがありました。

 私の願いは自分の欲や好みを満足させるという思いから出てくるものだからで
しょう。

 鎌倉時代、いや江戸の頃まで世の中に何か変化があると善し悪しを含めて元号
を変え色々な問題に対応しようとした。しかし、
元号を変えたからといって病気
がなくなったり、飢饉が収まったりすることはありません。


 世の中の、私の中の何が変わっても決して変わらないものがあります。

「お前さん必ず支えてるよ、お念仏称えながら大切な“いのち”を生ききってお
くれよ」という“阿弥陀さまのご本願のお言葉とおはたらきであります。”

『…もしかしたら‘阿弥陀さんに私の願いを聞いてもらおう’と考えてるんじゃ
ないかな。逆なんですよ‘私が阿弥陀さまの願いを聞かせていただくんだ’…』
これも梯和上のお言葉です。


 私の願いをかなえるために色んなものを使うんじゃない。“私は阿弥陀さまに
ご往生くださった方々に願われているんだ”ということであります。

 お盆のご縁に改まってお偲びをし、お礼を申しあげる方は阿弥陀さまと一緒に
何時でも何処でも私を願い続け、支えつつけてくださっているお方なのでありま
す。私の願いより先に私は願われているものであったとと聞かせていただくので
あります。                            合 掌




世間解  第376号  令和 元年  9月 念仏もうさるべし〜報恩講さま〜



有縁皆さまには阿弥陀さまのご本願のおはたらきの中
「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏ご相続のことと思います。お盆のお参りも皆さまのおかげで無事にお勤めさせていただくことが出来ました。ありがとうございました。
九月になりました。

 来月は西法寺の
“報恩講さま”であります。

“報恩講”とは宗祖・親鸞聖人のご命日のお勤めであります。

ご本山・京都の西本願寺では毎年、一月九日から十六日までの七日間お勤まりになります。この最終日、一月十六日が親鸞聖人のご命日であります。

各寺の住職はご本山の報恩講さまにお参りをさせていただくために、その時期をご遠慮して各々のお寺で報恩講さまをお勤めさせていただきます。

本願寺の報恩講さまは正しく親鸞聖人のご命日にお勤まりくださいますので、
“御正忌報恩講”と申しあげます。

関西では多くの場合、秋から冬にかけて勤まりますが、時期は色々であっても全国の浄土真宗の寺院で“報恩講”を勤めないところはありません。
 お仏事に〈大切なお仏事〉〈そうでもないお仏事〉などというものはありません。しかし、その大切なお仏事の中でもことに大事をかけてお勤めさせていただくのが“報恩講さま”なのであります。

ご命日のお勤めでありますから、いわば〈ご法事〉なのですが、親鸞聖人のご命日のお勤めに限ってはただ〈ご法事〉といわずに“報恩講”と申しあげるのであります。

 親鸞聖人がご往生になられた弘長二年(一二六三)から毎年お祥月のご命日にはご法事がお勤まりになっていました。当初は特別な呼び方はなく
〈ご法事〉としてお勤めされていたようですが、
ご往生になられて三十二年後、つまり三十三回忌の年に曾孫に当たられる本願寺第三代・覚如上人が
『報恩講私記』というお書物をお著され親鸞聖人のお徳をお讃えくださいました。それから親鸞聖人のご命日のお勤めを“報恩講”とよばせていただく事になったのであります。


ちなみにこの報恩講というご法要はお師匠さまの法然聖人のご命日のお勤めが
“知恩講”とよばれていたことに習われたとお聞きしています。

さて、“報恩講”とは宗祖・親鸞聖人のご命日のお勤めであるとお聞かせをいただきましたが、〈報恩〉とは読んで字の如く“ご恩“に”報いる”お勤めであります。
親鸞聖人の“ご恩“に”報いる”のであります。

「そんなん、どないしてご恩に報いたらよろしいの?難しいて分かりませんわ」
などとおっしゃっていただいてはアカンのであります。

行信教校の校長先生でいらした利井明弘先生はおっしゃいました。
『僕ね、この頃思うねん。本当の報恩とは、“いただいたものを素直に慶ばせてもらうということや”と
この頃は思てるんです。
』と、

 毎年西法寺の“報恩講”には毎年近隣のお寺さまがお参りくださりご一緒にお勤めをくださるのでありますが、、本年はご本堂の東側に「西法寺門信徒会館」を建築中でありますので、残念ながら近隣のお寺さまのお参りはありません。

しかし、
梯實圓和上のご子息、大阪大谷大学教授・梯信暁先生がご出講くださりご法話くださいますので、どうぞたくさんの皆さまにお参りをいただき、にぎやかに親鸞聖人のお徳をお偲びし、お礼を申しあげるご縁にさせていただきたいと思います。

親鸞聖人のおかげで「なんまんだぶ、なんまんだぶ…」とお念仏を称えさせていただくことが、一瞬たりとも途切れることのない阿弥陀さまのご本願のおはたらきの中に生き、阿弥陀さまのご照覧のもと日暮らしさせていただいていることだったと味わわせていただく身にならせていただいたのであります。

なにも“報恩講さま”の時だけ特別に“ご恩“に”報いる”のではありません。毎日毎日が報恩の、お念仏の日暮らしでありましょうが、その中で改まった形での“報恩講さま”のご縁どうぞ、どうぞご参集くださいませ。                                                         合 掌

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